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イラストレーターまつながみかのafricanとつぶやきなブログ

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たべたの話45 ヤギさんの解体 

 

前回の日記動物が肉になること は思いもかけず色々なすてきな言葉をいただきキャッチボールをさせていただけた気がした。まだまだ色んなマツ村を書いて行きたいと思いました。ありがとう。

ということで、続きはヤギさんの解体をした時のお話。前回初めて読んでくれた方が行ってしまいませんように(笑)まぁこれが通常のマツ村なんですけどね。 
今回はヤギさんの解体した写真が入っています。見解はそれぞれですが、苦手な方はご注意を。


その日はお世話になっている家族の特別な儀式があった。
儀式が始まる時、まずだいたい男女は別の場所に座る。外国人は男性の席に座ることも許されたりするのだけれど、私はできるだけ子供や部外者の座る末席に座る。
そして長老の話や、ひとりひとりが何かを述べたり、祈りやコラの実やお金が捧げられたりする。その中でも、男性が2人立って前へ出て来て、言葉のやりとりをする(もしくは一方からお言葉を頂いている)のだが、この言葉と声のニュアンスはとても味わい深い。まるで音楽のようだ。
そしてその日の最後、一頭のヤギの命が捧げられた。

前回の日記でも書いたように、男達が体を押さえヤギの喉をナイフで切りその命を断つのだけれど、その時女性達は皆、眉をしかめ、目を伏せたり、持っているバッグや布で目を覆った。やはりその行為自体はアフリカ人にとっても”痛ましい”ことであるのだ。そういう小さな当たり前そうなことを確認することで私はみんなを近くに感じた気がする、そんな1シーンだ。

命を引き取ったヤギは、仰向けにされてお腹に真一文字にナイフを入れられ、手首足首にもナイフを一周ずつ入れられる。ナイフをお腹に入れたとたん血がばーっと飛び散るイメージの方もいると思うが、それはあくまで皮を切るに過ぎず、血は足の一部をのぞき、まったくと言って出ない。男達も普通にその日のそのままの格好でやっている。
そして真ん中から皮を剥ぐ形で更にナイフが入れられるのだが、この日はもはやナイフどころか拳のグーで皮を剥いでいて、あまりの豪快さに思わず笑ってしまった。
45グーで解体
グーで解体。そして無意識に左下のものすごい存在感に気がついてしまった私と同類のあなた、この後のマンガをどうぞ。



皮が剥がれると、今度は肉を切り内蔵をひとつずつ取り出してバケツに入れ、汚物が溜まった臓器はちょっと若い男の子達が横でその処理にあたる。例えば、腸はしごいて中を出し、クルクルきれいにねじられたりする。なので、当然臭いはあるのだが、まぁ外なのですぐ慣れる。

この頃になると子供たちが寄って来る。内蔵を取り出し分けている男が、集まっている子供達に小腸(おそらく)を10センチずつ位に切って、ひとりずつに渡す。みんなにこにこして、焼いてもらうために家に走って行く。子供たちのおやつだ。
45子供達に内蔵
子供たちはじっと順番を待つ

45ライのにいちゃん
前回の滞在ではものすごくとっつきにくかったライコロ。今回はまさかの天然キャラであることがわかり、大好きになってカフェで会うとよくおしゃべりした。タイトルは「臓器を持ってにっこり」(笑)



きれいに解体が済むと臓器や内蔵は皮の上に塊で並べられてそれぞれが持って帰る。この頃には人もまばら。
45解体後の皮
きれいに皮と頭になる。皮は乾かしてジェンベに張られる。どんな音になるだろう。



そして、このヤギさんは夜に村の人や私のお腹の中に入った。

暑い暑い、そんな一日が終わった。


ティンティントキンキン

ちなみに元気モリモリになったかはさっぱりわからない・・・





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たべようの話44 動物が肉になること 

 

最近よく、私達が口にするお肉がいかに残酷な行いによって出来ているか、お肉を食べることは必要なのか、いのちをいただくとはどういうことか、そんな議論がなされるし、映像も手軽に見られるようになった。
豚や牛達が、狭い場所に閉じ込められ糞まみれになってじわじわといたぶられたあげく殺されるショッキングな映像も多い。そういったお肉を美味しい!と言っていただいているのも事実で、そこには考えたり知ったりベクトルを変えるアクションを起こすことが必要だけれども、私は「肉を食べる」ということ自体は悪だと思っていない。

そうはっきり思うのは、おそらくアフリカで見て食べてからだろう。

村で生活していると、あちらこちらに牛やらヤギやらがいる。前回の日記”マンコロ犯をさがせ!”もそうだけれど、笑っちゃう位自由に歩いている。牛は洗濯しているところをのっそのっそと横切り、ヤギは連れ立ってひょいひょいと歩き回っている。人間は自分達の食べ物をあさられたり、悪さをしそうだと感じると追い払ったり、叩いたりするけれども、あとはごく自然に共存して、飼っている訳でなくても、「ほら」と残った食べ物をやったりもしている。いたずら好きの子供がお母さんに怒られているみたいに見える時だってある。
食べるものがなくても、だからといってむやみに殺して食べたりしない。

そしてある日突然、牛やヤギに最期の日がくる。サクリフィスに選ばれたのだ。

首に縄をかけられると、危険を感じてかバタバタと暴れる。しかし木の杭に繋がれ、人間が自分を囲んで座り、話したり、立って何かを交わしたりし始めると、なんだかよくわからなくなって油断しているのか、目に見えない何かの力で鎮められているのか、おとなしくなる。
しばらくすると、何人かの男達が自分の方に向かってくる。
首と体を押さえ付けられナイフで首を切られる。ためらいもなく、あっという間にだ。
血がでる。その姿は痛々しい。胸にずしんとくる。でも、苦しそうな時間はそう長くはなく、間もなく息を引き取る。
息を引き取る姿をみんなが見ている。
息を引き取ると何人かの男達によって皮が剥がれ、内蔵が取り出され、肉が切られ、その全てが手から手へと渡る。
その一頭によって、今日沢山の家で肉を食べる歓びが生まれて、明日の元気になる。太鼓叩きが嬉しそうに皮を干す。
そうして、この牛やらヤギやらは一生を終える。

これが私が村で見た一連の流れであり、肉を食べるということだ。

誰かがこの首を切るシーンの映像だか写真だかを見て「野蛮で残酷だ」と言ったのを見たか、聞いたかしたことがあった。

そうだろうか。

私は牛やヤギに聞いた訳ではないので、それが彼らの「幸せ」なのか「悲劇」なのかなんてわからないけれど、生き物としてはより自然な生き方であり、終わり方なのではないかという気がする。
そして人間だって、そういう共存ができるのだ。

私は村でいつも美味しく大事に肉をいただいた。
そうだ、忘れかけていた。
日本でもせめて、自分の血や肉になってくれることを感謝して肉を食べよう。
ヤギのサクリフィス1
ヤギのサクリフィス2
ヤギのサクリフィス3


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日々の話43 マンコロ犯をさがせ! 

 

村での我が家にはガタガタした木のベンチとふとんしかない。
なので、ちょこちょこともらった食べ物は家の地べたか、人が来た時に座る、ガタガタしたベンチの端っこに置いておく。頂いたマンコロから、煎ってあったり、はたまた殻付きの落花生。生きてたり、死んでたりする鳥。干したいも、コラの実のかけら。なんだか木の実。ビニールに入った、お茶を呑む時の砂糖・・・などなど。

ひまな時に貰った落花生を剥いて水に浸しておくと、ゆで落花生ならぬ戻し落花生ができて、これはなかなか美味しい。でもやっぱりベンチの端っこなので誰かが蹴っ飛ばして地面を水浸しにしたりもする。
もちろん置いておくと来た人がおいしそうなものから食べちゃうので、ぜひ取っておきたいものはそっと陰にしまっておく。

ある日、散歩をしていたら、後ろから仕事帰りの木こりのカサ君が自転車で近づいてきて、大きな大きな、見たこともない位大きなマンコロをくれた。
もう記憶が定かでないけれど、ラグビーボールの2/3位はあったんじゃないかと思う。(ラグビーボールの大きさも定かではないのだけれど)
とにかくそれはまだ熟れていなく固そうな緑色をしていて、あと3〜4日で食べられるとのことだった。

大きなマンコロだからきっと大味なのだろうけれど、初めてみるそのでかさにもうワクワクして、それから私は例のベンチの端っこにそれを置いて毎日眺めて、熟れるその日を心待ちにしていた。
カサ君チェックも怠らず、朝カサ君がうちに顔を出してくれる度に、「ねぇねぇ、まだかな?」と大きなマンコロを差し出した。あまりに楽しみそうなのが見て取れたのか、他の仲間がいたずらに持って行こうとして、「それはダメ〜〜〜〜」と大人げない抵抗をした。
それほど、中がどうなっているのかを見て食べるその日を楽しみにしていたのだ。

4日目の朝、カサ君の食べごろサインをいただいた。あぁ、やっとその日がきた!
開マンゴー式を昼に決定し、仲間が昼寝をしたいというので、安心して風通しよくドアを開けっ放しで私は川へ洗濯にでかけた。
そして、帰ってみると。

家には誰もいなくて、なんと思いこがれたマンコロが無惨に食べ散らかされている!あろうことか壁に投げつけたような跡もあり、横にあった美味しそうな普通サイズのマンコロはきれいさっぱりなくなっていた。

一体誰が!?

悲しみに暮れていると、起きたばかりの顔をした昼寝野郎がトイレから帰ってきた。
そして「目が覚めたら、牛が家に入ってきてマンコロを食べてた。」
と、しれっと言った。

牛・・・

あんなでかいのが家に入ってきたら、気付けよ!!
しかし、家の中で牛にまんまとマンコロを貪られ、その横で見張りにもならず、ぐーすか寝ていて、食べ終わる頃に慌てて追い払う奴の姿を想像したらなんだか愉快に思えてきた。

「あのマンコロ牛に食われちゃったよー!あいつ、横でグーグー寝てて気付かなかったんだよ!」と悲しい顔でいったら、カサ君は大笑いして他の仲間にも言いふらした。

マンコロと同じ位オイシい出来事になったので、まぁよしとしよう。

牛とマンコロ







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